Mag-log in第四十九話 接近
春になり、梅乃と小夜は十三歳になる。
“ニギニギ ” 「みんな よくな~れ」 桜が咲く樹の下、禿の三人は手を繋ぎジャンプをする。
「こうして段々と妓女に近くなっていくね~♪」 小夜はワクワクしている。
(小夜って、アッチに興味あるんだよな~) 梅乃は若干、引いている。
「そういえば、定彦さんに会いにいかない? 『色気の鬼』なんて言われているし、そろそろ習わないと……」 小夜は妓女になる為に貪欲であった。
「なら、お婆に聞かないとね。 定彦さんもお婆に聞いてからと言ってたし」
梅乃たちは三原屋に戻っていく。
「お
第 百十九話 命の価値三月に入ると、政府軍の猛攻が続く。 薩摩が構える陣は次々と崩壊していった。「こっちだ……」 平八郎が梅乃たちを案内する。 安全な場所から西郷がいる本陣へ向かおうとしていた。 ただ、梅乃たちは何処に向かっているのかは知らない。 東郷も黙って従っていた。 「大丈夫ですか?」 梅乃は薩摩の兵に肩を貸し、ゆっくり歩いているが平八郎は先を急ぐ。 (何を焦っているんだろう……?) 梅乃は気になっていた。 すると、どこからか声が聞こえてくる。 『梅乃ちゃん、そっちはダメ……』 梅乃が振り返ると誰もいなかった。 (なんか、以前にも聞いた声……) 「おじさん…… そっちはダメな気がする……」 梅乃が言うと、平八郎が不思議そうな顔をする。 その瞬間だった。 山の合間、砲の衝撃で崖が崩れ落ちてきた。 「……」 全員が崩落場所を見てから梅乃を見る。 「なぜ、分かったんだ?」 「わかりません…… どこからか声が聞こえまして」 梅乃自身、驚いた表情をしていた。 道を変え、迂回しながら薩摩本陣を目指す。 梅乃たちは医師の使命を持って付いていった。 しばらく歩くと、梅乃が苦痛の表情になっていく。 「大丈夫かい? 梅乃ちゃん……」 東郷が声を掛けるも 「大丈夫です…… 行きましょう」 気丈に振る舞う姿が痛々しかった。 “キイィィン……” 梅乃は頭痛に襲われていた。 (生死を彷徨うほどの戦場だ、ストレスになってもおかしくない……) 東郷が梅乃に代わり負傷兵を担ぐ。 「なんか熱いです……」 梅乃が服をパタパタと仰ぐと 「どれ……」 東郷が熱を計る。 「凄い熱です! すみません、梅乃ちゃんを休ませてください」 東郷が平八郎に言うと、「それはいかん―― すぐに河原まで降りよう……」 薩摩軍は山を下り、河原にやってくる。 手ぬぐいを濡らし、梅乃の額に乗せて一時間ほどが経過する。 梅乃が目を開けると、兵士たちが安堵した表情になる。 「有馬様…… どうして梅乃ちゃんを知っていて、優しくしてくれるのでしょうか?」 東郷が気になっていた事を訊くと 「なに…… 娘を通じて東京で知り合ったんだよ。 怪我を負った私を助けてくれた恩人なんだ」 平八郎が答えると、東郷は梅乃を見つめる。 (なんて娘なんだ…… 誰とでも仲良くでき、困った人を
第 百十八話 すり抜ける風三月、九州は東京よりも早くに春の知らせがやってくる。 「梅……」 梅乃が山の木を眺めていると「春か…… お前と同じ梅だな」 高坂が微笑む。「はい。 私が吉原で拾われた時に梅の花が咲いていて、そこから名前を付けたとお婆が言っていました」「お前、捨て子だったのか?」 高坂が目を丸くする。「大体、吉原に居る人たちは女衒を通して売られたか、捨てられた者ばかりですから」 梅乃が微笑み、高坂が驚いている。(そんな凄いことを簡単に言ってのけるなんて……)「でも、生まれてスグだったらしく、寂しいとか悲しいとかの感情もなく吉原で育ててもらいましたから……」梅乃が話していると “ドカンッ― ドカンッ―”と音が聞こえてくる。「高坂殿、薩摩の砲が……」 医師団の一人が走って知らせにくると「マズイな…… 全員、道具を持って避難するぞ」 高坂が指示をする。全員が救護所に入ると荷物を集め、飛び出していく。梅乃も慌てて医療器具を集めた。「あちらから音が聞こえます」 「わかった。 反対方向に走るぞ」 高坂が指さすと一斉に走り出した。医師団の五人が走り、後方を負傷していた兵が守る隊列になっていた。 兵は医師団を守るために銃を構え追尾していく。「出来るだけ走るぞ」 医師団の男性が前方を走る。 砲の音が小さくなってきた所に「撃てー」 と声が響く。 前方には薩摩の銃を持った部隊が待ち構えていた。「まさかっ?」 高坂が驚くと、一斉に銃が火を吹く。「ぎゃー」 医師団の男性が倒れる。高坂は振り返り、遅れて走ってきた梅乃の肩を掴み「梅乃、少し痛むが我慢だ。 お前はここから逃げるんだ」 ニコッと笑い、山の崖から梅乃を突き落とした。「えっ? えっ?」 驚く梅乃は崖から転がるように落ちていく。幸いなことに山の崖には落ち葉が多く、クッションの役目を果たしていた。「いたた…… って、高坂様?」梅乃が崖の上を見上げると、木で見えないが男の声が聞こえてくる。「誰か下を見てこい。 まだ政府の者が残っているかもしれない」(マズイ、逃げないと……)梅乃はバラバラになった器具を拾い集め、走って逃げていく。(どこに行ったらいいの? 怖いよ、不安だよ…… お婆、小夜、古峰…… 助けて) 梅乃は泣きながら走って行く。九州では各戦場が火の海となってい
第 百十七話 もうひとつの開戦 高坂と梅乃が薩摩兵に救護所の中を見せて説得を始める。 「このように動ける兵ではございません。 この方々と私たちは戦とは無縁な状態でございます……」 梅乃が説得をすると 「左様。 ここは命を救う場所である。 それでも尚、殺すとなると武士の情けを薩摩は持たぬという事になるぞ」 高坂は鼻息を荒くする。 「貴様等……」 薩摩軍は鉄砲を高坂に向けたまま睨みつける。 「儂は医者として幕府に仕えておった。 そこには侍、武士道といった心を大事にしてきた者ばかりがいた。 お前達も武士なら同じであろう……」 高坂が凄んだ瞬間 “ガンッ―” 鈍い音が響く。 「高坂様―」 梅乃が叫んだ瞬間、高坂が後方に吹っ飛んでいった。 薩摩の兵が鉄砲で高坂を殴ったのだ。 「ちょっと、何をするんですか?」 梅乃が薩摩兵に詰め寄ると 「何だ、小娘が――」 薩摩兵が目を見開き、梅乃の頬を平手打ちする。 「キャッ――」 後方に倒れる梅乃に 「何をするんだ!」 ベッドから起き上がった政府軍の兵が向かって行く。 「なんだ? 動けるじゃないか!」 薩摩兵は梅乃を庇った兵に斬りかかった。 「あの……」 梅乃の上に政府軍の兵が覆い被さり、梅乃の顔に大量の血が流れていく。 「ああぁ
第 百十六話 強襲 敵襲と聞いた本隊は、小倉城に構えている部隊に伝令を送る。 明治九年は農作物が豊作な年であった為、値段が下落していた。 その為、農家たちが一揆を起こした萩の乱である。その頃から士族への締め付けも厳しくなったことで九州での乱が頻発していくことになる。 本隊と呼ばれる大木の部隊は動いていなかった。 「三原さん…… 私たちにできることは……?」 医師団の一人が訊くと、 「政治のことは解りません…… 私、十五歳ですよ」 梅乃がニカッと笑う。 梅乃は、いつの間にか頼られる存在になっていた。 「そりゃそうだ…… 梅乃は政治とは無縁の場所の出身だからな」 高坂が豪快に笑うと医師団の雰囲気が明るくなる。 「それにしても、吉原から医者になろうとはね…… 花魁だっけか? そういうのには興味がなかったの?」 「実家は遊郭ですが、姉妹もいます。 私にはむいていませんので姉妹に任せています」 梅乃がニコッとする。 「この戦が終わったら、三原さんの遊郭で宴でも開きたいですね」 医師団の一人が言うと 「お前さんの給料で払えたらな…… 梅乃の実家は大見世と言って、とんでもなく高いんだぞ」 高坂は何度か大名の付き添いで吉原に行ったことがあるそうだが、ただ恐縮するばかりで見世の名前までは覚えていなかった。 「へぇ~ どこの見世か気になりますね~♪ ウチは三原屋ですが、鳳仙楼や長岡屋など色々
第 百十五話 野営本隊 明治九年 十二月十日、近衛師団の第一陣が薩摩にやってくる。 「よし、荷物を脇に寄せて集まれ!」 近衛師団の陣営は野営である。 本拠地ではないので、建物を用意する時間がなかった。 相手は明治維新の立役者の西郷隆盛が率いる薩摩藩であり、強敵だ。 「まさか吉之助(隆盛)が乱を起こすとは……」 大木が深く息を落とす。 「それでは第一部隊から前へ!」 司令官の声が聞こえ、梅乃は黙って兵隊の動きを見つめていた。 「梅乃ちゃん、これから何が起こるか分かるかい?」 大木が訊くと、梅乃は静かに頷き 「戦《いくさ》ですね。 その為に呼ばれたのでしょう……」 視線を下に向ける。 「相手は西郷吉之助(隆盛)。 上野では政府の為にやってくれたのだが……」 「上野戦争で幕府のために戦った人が三原屋で働いています。 とても優しくて素敵な人なんです」 梅乃は片山の話をして自身の気持ちを落ち着かせている。 「そうか…… 忠義とは悪くないな。 この戦争が終わったら、その男と飲んでみたいものだ」 大木は力強く笑った。 すると、医師団の一人が梅乃を呼ぶ。 「三原さーん、医師はこっち~」 「はい、わかりました~」 梅乃は大木に頭を下げ、救護所の看板が立っている方へ向かって行く。 
第 百十四話 かんざし 海は静かに波を立たせている。 軍艦が白波を作り、しばらくすると穏やかな青い海に戻っていく。 「高坂様、一週間も船に乗っていますが薩摩とは遠い所なのですね……」 船酔いも落ち着いた頃、梅乃が甲板で退屈そうに話す。 「一ヶ月は掛からないが、まだ一週間だ。 まだ掛かるな……」 当時の船はスピードは遅く、丈夫さが重視されていた。 「三原さん、すまない…… 怪我をした人がいて……」 医師団の一人が呼びにくる。 「どうされました?」 梅乃が慌てて船内に向かうと 「ううぅぅ……」 兵隊の一人がうずくまっている。 「どうかされましたか……?」 梅乃が兵隊の肩を持ち抱えると 「腹が……」 兵隊は腹痛になり、屈んだ時に船の揺れで頭部を裂傷していた。 「医務室に行って手当てをしましょう」 梅乃が兵隊を起こし、連れていかせようとする。 「待て! 勝手に持ち場を離れることは許さん!」 同じ兵隊の上官なのだろう。 胸元には沢山のバッチが付いていた。 「体調が悪いし、頭から血も出ております。 手当てが済んでから戻れば宜しいじゃありませんか」 梅乃は懇願するような目で上官を見る。
第十九話 花の蜜 「ごめんください……」 昼見世が終わりの時間、一人の来客が現れた。「はーい」 小夜が対応する。そこには二十歳くらいの女性が立っていて「私、引手茶屋の千堂屋《せんどうや》で働いています野菊《のぎく》といいます」「はい……」 小夜は不自然な事に戸惑っていた。「良かったら、此処《ここ》で働けないでしょうか?」 野菊の言葉に、小夜は驚く。「少々、お待ちください」 小夜は、采の元へ向かい説明をしていた。そして、 「なんだい? いきなりどうしたんだい?」 采も驚き、野菊に聞くと「あの……茶屋から、接客を勉強しろと言われまして、働きながら勉強できる所を探していまし
第十八話 春に舞う乙女たち 正月が過ぎ、厳しい寒さを抜けて春がやってきた。 この春を境に梅乃と小夜は十一歳となる。 誰も二人の誕生日を知らない訳で、春に拾った子だからと言うことらしい。 明治初期、少しずつ江戸の名残が薄くなっていった。 世間では、奉行から警察と呼ばれるようになり姿も変えている。 「梅乃~」 声を掛けてきたのは花緒である。 「花緒姐さん、おはようございます」 見世の前に出ていた梅乃を追いかけるように花緒も外に出てくる。花緒は、以前に勤めていた近藤屋から買い取った妓女である。四人の妓女が三原屋に来たが、花緒だけが梅乃と よく話す仲であった。他の妓女より
第十七話 年の瀬の騒ぎ「おはようございます」 梅乃と小夜は、早起きをして吉原を散歩していた。妓女たちは、朝の六時に客を見送る『後朝の別れ』を済ませてから寝床に入り、十時くらいまで仮眠に入る。梅乃と小夜は、子供なので夜の九時には寝ている。 朝の六時には起きて、妓女の見送りには息を潜めて邪魔をしないようにしているのだ。『後朝の別れ』が済むと、梅乃と小夜が慌てて小用に向かう。その後、時間潰しに吉原の中を散歩するのが日課だった。「もう寒いね……」「うん、早く帰ろう」 そう言って、急いで妓楼に戻る。「おはようございます。 潤さん」 梅乃と小夜は、毎朝 見世の前を掃除する片山に挨拶を
第十六話 足抜《あしぬけ》秋から冬へと向かう頃、寒さも一段と増してきていた。「梅乃、ちょっと来な」 見世の中から采が呼ぶ。「はい。 なんでしょうか?」 梅乃は、采の元に行くと「ちょっと、噂《うわさ》を拾ってきてくれないかい?」 噂を拾うとは、“吉原の中で噂を聞いてこい ” と言うことだ。大体は引手茶屋に行き、馴染みの主《あるじ》であれば噂や情報を提供してもらえるが、ここ最近では聞かなくなっていたようだ。「ウチの評判も気になるしね。 吉原細見の他にも情報がないかと思ってね~」 「わかりました」 梅乃は仲の町を歩き、聞き耳を立てていた。(確かに、子供になら口が滑ることもある